“多国籍の学び舎”生活 

美しいアメリカの街で感じたこと、 学んだことを記録していきます。

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8月ダイジェスト-ひたすらダウン

私の身体ってすごいと思います。
何がってもちろん、脱いだら、なんてことは全くもってなく、状況を見分けた
ダウンっぷりがです。当然といえば当然かもしれませんが、「ここでダウン
したらダメだ」という時は風邪をひいたり熱を出しすことはありません。

そのかわり、「あ、今は気ぃ抜いても大丈夫だ」「世話してくれる人がいる」
という時に狙いすましたように一気にきます。実家に帰ったときはほぼ
毎回風邪をひき、高熱を出しています。気持ちが緩むと如実にあらわれる
というかなんというか・・・。気付いてないだけで意外と海外生活って気を
張るもんなのかなとか、精神と身体のつながりってすごいなぁ、などと
思わされます。

人の身体というものは、たまには熱を出して、体内に蓄積しそうになって
いるウィルスを駆逐したり、免疫を得たりする必要はあるのだと思います。
それが見計らったようタイミングで来るところがなかなかすごいです。

さて、そんな「アウェーではダウンしない、ホームで風邪ひく」私ですが、
今回は長旅からネパールに帰って2回も、結構長引くダウンをやらかし
ました。もはや、ネパールは『ホーム』扱いなのでしょうか。

一度は中耳炎になり、悪化したら鼓膜を切り開いてウミをだす、と聞いて
相当嫌でした。簡易手術自体はまぁいいのですが、行った病院の衛生
管理と医師の説明責任への信頼がおけず、そちらのほうが不安でした。
幸い、そんな事態にはなりませんでしたが。

キッチリ身体を鍛えてきたと言う自負と、体力自慢であるという根拠の
ない自信はひっこめて「大事をとる」「無理をしない」のも大切だと身に
染みました。

ちなみに私が行った病院では「外国人はネパール人価格の5倍」という
実に足元を見た値段設定でした。病院のレシートを握り締め、私の身体よ、
ネパールは『ホーム』じゃないぞ、ユメユメ油断するでないぞ、と思いを
新たにした私でした。


後日談。
中耳炎を治して久しぶりに学校に行った私に、ネパール語の先生が
「どうして休んでたんだ」と聞きます。いやぁ風邪ひいてましたー、
だから家で一人で寝てましたー、というと、「そりゃいかん」と、彼。
曰く「ネパールでは、病気をしたら友達を呼んだりして人に会わんと
いかんのだ。そうすると、気分も持ち上がってくるし、来る人が治療法
を知ってるかもしれないし、そうして気を紛らわしてるうちに病気は
治るんだ。次からはそうしなさい」とのこと。
いやいや、うつしたら申し訳ないし、愛情豊かすぎる皆さんのお世話に
なるのはありがたいんだけど精神的に余計辛いし(参考資料)
こちらの民間療法は気持ちだけありがたく辞退させていただきたいので
(断るとなんで??ってとても悲しげなカオされて申し訳なさ倍増)
やっぱり一人で寝て治してるほうが気は楽でございますよ。
文化の違いを感じます。

ゴミダラケの街、25万人在住-ハイチ

今回は、以前のノートから、ハイチのスラムの話を。

haiti.jpg

世界各国の画像を見ていると、特に途上国において、
びっくりするほど汚い街を見かけることがあります。
そういえば、『その国の平均からしても相当にゴミが多い場合は、
治安面で危険なケースが多いので、土地勘がないまま迷いこまない
よう細心の注意を払うように』という注意を受けたことがあります。

大学院の同級生が、ハイチの貧民街シテ・ソレイユという街の
写真をみせてくれたことがあるのですが、なかなかにすさまじい
ものでした。

日本人の感覚からするととても耐えられないごみだらけの場所・・・。
そこに掘っ立て小屋が建てられて、人が住んでいます。豚やねずみも
ノミもシラミもゴキブリもいっしょくたです。ひどい異臭がし、治安も
衛生状態も非常に悪いとのこと。

haitian_children_12182548_std.jpg


時々日本でもゴミ屋敷が話題になってテレビで取り上げられますが、
その規模は比較になりません。25万人が住んでいます。

通りなど公共の場所がきれいかどうかは、その地域の治安を反映
しています。アメリカは、同じ地域でもブロックごとに犯罪発生率が
全く違うのですが、街に散らばるゴミの量や落書きはその地域が
安全かどうかの大きな判断材料になります。ニューヨークの
ジュリアーニ市長が、地下鉄の落書きと割れた窓をなくすことで
犯罪発生率を劇的に減少させたのは有名な話です。

子供もいるのに何故自分の家の周りだけでも掃除しないのか、
そんな疑問の声も聞かれます。ただゴミの中にすわりこんで、
一日をぼんやりとすごす虚ろな目の若者の映像を見るにつけ、
そこに住む人が単なる怠け者に見え、そんなだから底辺の生活
から抜けられないのだと言われたりもします。

けれど、彼らはあえてきれいにしていないのかもしれません。

ひどい衛生環境も不愉快さも越えてそこに住むということ、
そのままにするということはそれなりの合理性があるのだと仮定すると、
色々な仮説が考えられます。

ギャングが都市部を牛耳る中で、自分たちの地域をキレイに居心地よく
してしまうと、彼らはたむろするだけではなく、その場所をとって
しまうかもしれない。住人は、社会的に見放された人たちで、
ああいった、通常であればとても住めない汚い環境のなかでいるから
こそ、彼らはその存在を社会的に容認されているのかもしれない。


あの掘立て小屋のまわりのゴミは、彼らを守っているのかもしれない。
また、ちょっとキレイにしたところで結局何も変わらない、といった
絶望感を象徴しているのかもしれない。そう考えると、なんとも言えない
気持ちになります。

治安の悪さ、公共心のなさ、貧困、仕事がないこと、教育制度と衛生
管理が不十分であること、蔓延する病気と餓死、社会層の断裂・・・・
街にあるゴミは、それらの問題を主張しているようです。

どろくっきー
一時期有名になった「泥のクッキー」を作り、売りに行くハイチ人。塩分を含んだ泥とショートンニングでクッキーをつくり、それが食事となります。

いろいろな国際機関が、諸問題への対応策を立てて、実際に行動もして
います。泥を子供に食べさせて生きながらえる親子をみると「とりあえず
駆けつけて助けなければ」という人の気持ちも分かります。

実際には、その時喜ばれても、それだけで終わるのならば、命がついえる
のが延びるだけで、その間にも子どもは生まれ、病気は流行り、人口が
増えれば犯罪も起こる――となるため、私は、安易な援助には強い反発を
覚えるのですが・・・。

何かするなら、徹底的に根本原因をなくすまで、どっぷりと首まで
漬かるほど足をつっこみ、さらにキッチリExit Strategy(出て行く
ための計画)をもって臨むべきだと思います。

アウトサイダーの組織は何から手をつけていけばいいのか、
そもそも手をつけるべきなのか、ということも含めて考えさせられます。
並大抵の覚悟でできることではないと、少し怖くも感じています。

ハイチ
ハイチは、英語ではヘイティといわれ、中央アメリカの島国(西インド諸島)の一つ。外務省のHPには、「車で移動していても、また、車までの移動の途中に誘拐されることがありますのでご注意ください」と表記される。隣り合ったドミニカ共和国との貧困度合いの大きな差から、ガバナンスが違いが人々の生活にどれほど影響を与えるのかの引き合いにだされたりもする。


※シテ・ソレイユでは、食料援助や2000万ドルを投入した雇用創出プログラムなども数年前からスタートしており、その進行状況が気になるところです。
(ちなみに、この分野の特徴として、上手くいっていなければいっていないほど情報は出にくくなります。)

安請け合いしました(英語面接の心構え)

アメリカの元上司から、ネパール人の面接代行を頼まれました。
「スズカ、ネパール人で現地インタビューしておいてほしい人が
何人かいるんだけど、頼めそう?」と。

冬にカトマンズで2週間に渡って開催される、大学院主催の紛争解決
プログラムへの応募者と話してみて資質を精査してほしい、とのこと。

というのも、過去に開催されたプログラムで、ネイティブの外部講師の
英語を聞き取れず、ディスカッションも参加出来ず、効果的に学べな
かった参加者を出してしまったから(提出された履歴書やら作文は立派
だったにも関わらず)だそうです。

曰く、
「参加型なのに参加できない人を選抜してしまうのは、プログラム開催側
としても申し訳ないから。その人がプログラムから学びを得られるか、
英語力があるかも含めて評価してもらえる?皆奨学金も希望してるから、
それに値するかどうかも知りたいしね♪」とのこと。

オイオイ、私は英語はノンネイティブです。
エーゴ、実は苦手意識が抜けません。いやホントに。
そんな私に英語力チェックとかされるネパールの方、心からごめんなさい。
というか、そもそも私でいいのか!?

と思ったけれど、そんなことは言ってられないので、
「OK!ノープロブレム!」と勢いで返事する私。

のーぷろぶれむどころか、プロブレムいっぱいですよ。
でも、そんなこといわずに笑顔でこなすのがイイ女ってもんだ(笑)
というわけで、さしあたっての問題点は、以下の二つ。

1.私自身にとっても外国語の「英語」というものをどのように評価するか?
2.奨学金に関して起こり得る以下の事態にどう対処するか?
  Case A: 英語力がある→私立学校で教育を受けてきた
                   →お金ある→奨学金いらなくね?
  Case B: 英語力がないけど応募してきた→貧乏でカースト低くても
                   その環境で頑張ってきた→奨学金出したい

さて、どうする、私。

色々考えて、友人にアドバイスをもらったりして、以下のポイントを
重視して見よう、との結論に至りました。


面接において見るポイント

・英語でものを伝えるスタンス-しっかり伝えようとしているか
 -英語が出来ないと思って話せなくなることのほうを問題とする
 -ある程度のレベルであれば、少々の稚拙な表現は気にしない

・きちんとまっすぐ質問に答えているか
 (耳障りのいい抽象論でごまかさないこと←結構これは多い)

・具体例をあげてクリアに説明できるかどうか
 (できれば1分以内で。長々とした説明は聞くの疲れます)

・これが私の問題意識で、これが答えです、とはっきり話せるか
 (伏線はったりしてんじゃねー)

・自分の頭で深く考えているかどうか
 (Why?を繰りかえして質問するとあぶり出されてくる)

・やりたい事(想い)とやってきた事(行動)に一貫性があるか
 (行動は嘘をつけません)

・メンタルタフネス-めげない奴かどうか


「英語力をみなきゃいけないとすると、どうやって見よう?」
「英語力とか言ってたら、問題2のケースBを切らないといけない
のか?」と思って戸惑っていたのですが、見るポイントを整理すると、
非常にスッキリしてきました。

面接での英語力とは、GRE(大学院に入る際に要求されるテスト)に
出てくるような普段使わないムツカシげな言葉をいっぱい知っていること
ではなく、相手の質問をしっかりと理解し、自分の言葉で一貫性と説得力を
もって、具体例とともに簡潔に伝えられる能力、と言えます。

そっか。要するにコミュニケーション能力を見ればいいのね。
英語テスト的な見方は放棄でいいのね。(やったー)

想いがあり、深く考えていて、一貫して行動していて、それを具体的に
説明できて、めげない人、をきっちり探したいと思います。

インタビューする側の視点は、私自身も面接を受ける際にも非常に参考に
なります。上記の視点で思いかえすと、「あちゃー」ってことが結構あります。

安請け合い、してみるもんですな。
機会をくれた元上司に感謝です。

interview.jpg
とはいえ、こういうシチュエーションは緊張するよね。。。

6月7月ダイジェスト

長らくブログの更新をサボっておりまして、申し訳ありません。
色々な方から生存確認のご連絡を頂きました。
結構見てくださってるんだなぁ、、、と感謝しつつ。

6月-試験月間
ネパール語クラスの試験のある月でした。
テストは4日間にわたって行われ、1日目-文法、2日目-作文、3日目-聞き取り、4日目-スピーキング という感じでした。最終日以外は毎日2時間近くガタガタの机で鉛筆を使いカリカリと書き続けるというもので、久しぶりにペンダコが出来ました。

テスト内容は動詞の活用や過去形、言葉の意味などの比較的簡単なもの。
文字はこんな感じです↓
"देश" नाम, सर्वनाम, विशेषण, क्रिया शब्द के हो ?
(「国」は名詞、代名詞、形容詞、動詞、どれ?という意味)

もちろん試験は合格です(^^)v


7月-夏休み!(タイ・ベトナム・中国)

雨期を迎えたネパール。学校は休みです。
ネパールを巡ろうかと思いつつも、雨期なので、ネパールを拠点に国外に出ようと画策。(雨期は交通がよくストップするし、農家の方も忙しい時期に入ってしまうので。)インドも行きたかったのですが、ビザ取得の手続きが若干手間がかかるため、今回は断念しました。

最初はタイへ。タイはトランジット場所でもあるので、何気に5回目くらいかも。
タイでは世界遺産のアユタヤへ。
V Thai Te

ミャンマー軍により首を切り落とされた仏像
Thai Te

木の根に包まれた首(首より高い位置で立って撮影しちゃダメだそうです)
P1040533.jpg

象にも乗りました。
V Thai El

チャオプラヤ川をクルーズして、
Thai Ri

街では首相選挙活動にぶち当たり、
Thai El

ナイトマーケットを冷やかしたり。
V Thai ni

ただシンプルに旅人として旅を楽しむ!というのはとても気持ちが楽でした。
ネパールでは生活に密着したことを(収入とか学校とか病気とか・・・)ヒアリングしてこれは失礼かもと考え込んだり、通常では見ない暗部にライトをあてなければいけなかったり、村でトイレや水が確保できるかいつも気にかけたりという感じだったので、こんなに気を使わなくていいのはなんだか久しぶりの感覚でした。
Thai Ni

お次はベトナム。ホーチミン廟博物館。
廟の近くに住んでいる日本人女性がちょうど日本に一時帰国するということだったので、あいてるお部屋を貸してもらいました。面白いルームメイト達もいました。
Viet Ho

タイの食べ物も美味しかったけど、ベトナムも、食べ物が本当に美味しい!!!中でもお気に入りは「ブンチャー」。炭火であぶった豚肉と甘酸っぱいタレに米麺をつけ、香草と一緒に食べる料理です。私、3食これでもいいです。
Viet bu

ベトナムはフランス領だった影響で、カフェ文化が盛んです
Viet te

美味しいものってほんとに幸せ。
Viet co

旧市街を歩く。"Best Buy"と聞くと、アメリカでの電化製品やさんを思い出しちゃう(Best Buyは、日本でいうところのビックカメラ的な存在)。中のブランド服が本物であるかは、とってもアヤシイ。
Viet be

「コピー」はどこにでも。
ベトナムであった子が着ていた、「ET」をもじった「VT」のTシャツ。
Viet ts

孔子をまつったお寺
Viet Ko

そして中国へ。陸からの国境越え。
China bo

国境には迷彩を施した施設がチラホラ。
China.jpg

とりあえず国境の門で威張ってみました(笑)
China yu

中国ではアワビ焼きとか、海鮮粥とか、ラーメンとか、これまた美味しいものの食べ歩きでした。私の中国語は思ったほど通じませんでした、、、

もうちょっと写真をUPしようと思ったけれど、ネットが非常に遅く時間がかかりすぎるので、ここらへんにしておきます。。。こんな感じで、7月は色々な場所をまわっていました。「旅人」として純粋に観光を楽しみ、とってもリラックスした夏でした。

愛が重いポカラ

カトマンズから飛行機で30分、またはバスで7時間のところにポカラがあります。
一度行ってみて、私は、このネパール随一の観光地の澄んだ空気や湖、美しい山々、素朴な人々が大好きになりました。

カトマンズには借りているアパートがありますが、カトマンズ郊外へ出るときはホテル暮らしになります。けれど、少しずつ地元の皆さんと話していくにつれ「ホテルなんて泊まらずに家においでよー」と言ってくれるようになります。

本音と建前で、やはり迷惑では…なんて遠慮していたのですが、心から勧めてくれているようで、ここはありがたくお言葉に甘えさせて頂くことにしました。

ドキドキの初・ネパールホームスティ。
といっても、全く価値観が違うお家へのステイではなく、子女の多くが高学歴で英語も堪能、直接の友人はネパールBBCで働いているというコスモポリタンなご家庭です。「特別なことは何もしないからね、スズカはもう家族みたいなものだから」と言ってくれた言葉がとっても嬉しかったです。

・・・って言ったのに、何だかとても歓迎してくれて、むしろずっと歓迎されっぱなしでございました。また、普段から人との心理的な距離がとても近い国なんだなぁとあらためて実感もしました。そんなポカラでの1日を簡単に振り返ります。長いです。


●「君を一人になんてしない」
朝の7時。
ポカラへ向かうバスに乗るためにバス停に向かった時からそれは始まりました。早朝をものともしない物売りからの「買って買って」攻撃を振り切り、バスに乗車。すると、隣に座ったチベット出身の方がすでに英語の原型を留めていない英語で話しかけてきます。話す内容がチベットにおける中国の圧政や、宗教と政治の問題(中国政府はチベット仏教を弾圧しており、そのためダライ・ラマ14世は亡命)らしかったので一瞬興味をひかれたのですが……彼の話は発音・文法・語彙全てがぐちゃぐちゃなため意味不明瞭で、聞くのは相当消耗します。数時間我慢して、もういいだろうとぐったりとして寝たふりをしても、肩をたたかれ、起こされる。不機嫌そうに放っておいてよと睨んでもどこ吹く風、キラキラした瞳で窓から見える素晴らしい景色を指差す彼。(見せたかったらしい)結局彼は私を解放することなく5時間程しゃべり続けました。参りました。

精神的に若干疲れた、午後2時。
ポカラについてこれまた群がるホテルの客引きを振り切り、静かそうな喫茶店へ。いくつか訪問先のNGOに連絡をしなければならなかったし、質問をもう一度まとめたかったし、バスでは読めなかった本を読もうと考えていました。

やっと落ち着ける!とホッとしたのもつかの間、持っている本から私が日本人であると目ざとく気付いた店員さんがツツツと寄ってきて、片言の日本語で一生懸命話しかけてきます。……ああ、ブルータスよ、お前もか。集中したいから一人にしてくれと言っても、私の前後をソワソワといったりきたり、チラチラ此方を見て、読んでいる本を後ろから見ようとしたり、話したいオーラを体中から出して視界に入る。もう、気になるってば!

そんな頃、ポカラの友人から電話が。
彼はバスの時間なども正確に把握しているので、私の到着時間などお見通しで、しばらくしても私から連絡がないことを心配してくれた模様です。(連絡は夕方にいれると前日メールしておいたにも関わらず)「今、ついてお茶してるの」と話すと、すわこれは大変すぐに迎えに行くよとのお返事。こちらの文化では、慣れない旅人を一人になぞしてはいけないのです(多分)。親切心なのです。

10分後、満面の笑みで現れた彼をみて、思い出しました。
そうだった、彼は、流暢な英語で途切れることなく話し続けることができるという特技の持ち主だった……。前回会った時は、一家の歴史と彼が今の愛する奥様と結婚することになった経緯を6時間ほどかけて細大漏らさず教えてくれたっけ。もちろん、彼は迎えにきた当初から、絶好調なマシンガントーク全開でした。(いつもの状態なら受け止められますが、今回は若干ダメージがありました)

・・・・・・・・・・・
ちなみに、私は基本的に「一人行動全然OK・放っておかれても勝手に面白いもの見つけます」的なタイプで、色々なことを見たり聞いたり感じたりした後は特に、一人静かに内省の時間をとって考え事をしたいタイプです。(けれど、ずっと一人だと寂しくなって、また気のあう仲間で集まりたくなります。)

インディビジュアリズム(個人主義)ど真ん中を貫く文化の米国での生活は、皆が一人の時間を尊重してくれるとともに、集まることも比較的簡単でいつでも付き合ってくれる仲間がおり、そして割とあっさりした人間関係という私にとって非常に過ごしやすい日々でした。

ネパールではというと、日本よりも更にコレクティビズム(集団主義)の要素が強く、家族との距離がとても近いように感じます。お互いにお互いのことをよく知っています。そして、お互いがお互いのことを本当によく構いあいます。そして誰かを一人で放っておくことはしないようです。(この国では放っておくのはきっと愛情表現に反するんだと思う)

● 色んな人に会わせよう!
友人と合流し、一緒にご家族のお家に向かいますが、妹の家、伯父の家、教育関係者の家、同僚の家、と多くの寄り道ポイントがあります。たくさんの人に会えることは心から嬉しいのですが、私がお邪魔すると、毎回皆さんおじいさんから赤ちゃんまで一家勢ぞろいでゾロゾロと出迎えてくれるのです。一家全員10人以上に囲まれて、私のつたないネパール語で何を話せと?間が持ちません。手品とか、一芸を仕込んでおけばよかったですよ。

● チャーをどうぞ!
忙しい仕事の手をとめて一家総出で私を囲んで一部屋に集まっていただくことに恐縮する私を横目に、奥さんがチャー(ネパール式甘いミルクティ)を持ってきてくれます。これを飲み干さないまたはお断りするのは、相手のご家庭への失礼にあたります。いや、大好きなんですが、さすがに4軒も続くとお腹たぷたぷです。とても甘いのです。多分、角砂糖30個くらいは摂取したんじゃないだろうか。。。

●「ウチにも泊まって」かわいすぎる子供たち
ちょっと顔をみて挨拶して立ち話、くらいのつもりでも、とってもフレンドリーなネパールの皆さんに「そんなのダメダメ!」とお部屋の中へと招待されてしまいます。最初は一家勢ぞろいですが、子供たちがいる場合は、大人は仕事に戻ることもあります。子供たちは本当にかわいいです。小学校から英語をならうので、10歳くらいでも、結構英語を話せます。

「将来の夢は?」と聞いてみると、「分からない、考えたことなかった」とのこと。この質問を子供にすると「夢ってなに?そんなのないよ、将来って決まってるもん(決められてるもん)」なんて言われたりするので、身近なところから意識改革をと思って、子供にそう聞いて、可能性は無限だよ、という話をするようにしています。

「望めば、ネパールの首相にだって、スーパーエンジニアにだってなれる可能性はあるんだよ、まずは思うことがスタートになるんだよ」という感じの話をすると、メガネの男の子の目がお皿のようにまん丸になりました。(本当にかわいい)

P1040185.jpg

そのご家庭では、チャーに加えて食パン2枚とヨーグルトが出てきました。
おおう、これを食さねば帰れない。前の家でもチヤーを3杯飲んでいるし、数時間後の夕食(もちろん残すなんて言語道断)もあるが大丈夫だろうか…と己の胃の小ささを嘆く私。

「ねぇねぇ、明日はウチに泊まっていって!」
「おねぇちゃんって呼んでもいい?」
「カトマンズに帰ったら、ボクたちのこと忘れちゃうの?」
「嫌だ、まだ行かないで!」

ああ、君たち、かわいすぎる。何この萌え天国?ごめんなさい、でも、もう行かなければ。まとわりつく子供たちを振り切るように、訪問したお家をでます。

●「たーんと食べてね、ダル・バート」
ダル・バートとは、ネパールの伝統的な食事です。日本でいうところの茶碗3倍分くらいのご飯(こちらの人は実にたくさんお米を食べます)に、豆や野菜をスパイスと煮込んだ数種類のルゥ(さらっとしたカレーみたいな感じ)とともに頂きます。

ダルバート

本当に美味しかったですし、十分な量を頂いたと思ったのですが、彼ら基準では「少食過ぎる」らしく、もっともっとと勧めてくれます。家族の皆さんが気にされないようにアピールタイムです。ほら、私ってこんなにちびっこでしょう、おなか周りもちっちゃいでしょう、だからね、胃も小さいの。美味しくてダル・バート大好きなんだけど、胃の容量が少ないから、物理的にたくさん入らないの。でも、素晴らしく美味しいから、今度作り方教えてくださいね!…と(必死)。

それでも、日頃からすると相当食べています。押したら逆流しそうな勢いで、既に胃はパンパンです。

● 占ってしんぜましょう
食後は、お隣さんを訪問。まだまだ続く、訪問シリーズ。なんでも、ヒンドゥー式の占いが出来る方が住んでおり、ぜひ占いを体験してみないかと。ネパールの方は本当に占い好きで、結婚から健康状態まで何でも占い、「検証できないこと、証明できないことは基本的に信じない」という性格の私からすると、びっくりするくらい占いにしたがって生きていたりします。

いい経験なので、どんなものかとみせて頂くことにしました。
すると、占い師の方以外にも、ご近所さんと家族が集まってきます。
P1040065.jpg
キラキラと瞳を輝かせて部屋に入る皆さん。
ええっと、こんな衆目の中で占われるんですか?私。

P1040069.jpg
占ってくれる方は厚い本を出しながら、なにやら計算を始めます。
「あなたのネパール名はグバネヴィです…」占い師は厳かに告げます。
「今日でちょうど生まれて●年●ヶ月●日です」のところでは、周りの男子が一斉に息を飲みます。はいはい、あなた方が思っていることは手に取るようによーく分かりますよ?日本人は若く見られるんです。見かけより年食ってますよ、何か言いたいことでもあるかしらー?と心の中でヤサぐれる私。

占いは小一時間ほど続きました。しかし、ほぼ全員年下の男の子に囲まれて、生きている年齢を日数まで公開されて、「28歳のときに結婚しようと思っていましたね?」「結婚相手は、小指の下の線が2本ある人とすると良いのじゃ(そして、年下男子が自分の手のひらをチェックする動き。なんだそりゃ?)」とか言われるのって、何の罰ゲームですか…?(涙目)

● まだまだ続く、家族の団欒。今度は結婚式のDVD鑑賞大会。
それが終わると、友人はさわやかな笑顔で聞いてきます。
「僕たちの結婚式のDVDがあるんだけど、見てみない?」
それは面白そうです。せっかくなのでと笑顔でYesと答えると、DVDが全部で5枚出てきました。おおっと。

DVD鑑賞会も、近所の少年少女や隣の家のお母さんなどが加わり、10名以上に膨れ上がります。結婚式は3日間続けられたそうで、踊ったり歌ったり、いろいろな儀式をしたり、とにかく長いのですが、近所総出で祝っているので、皆自分が出てくるシーンをワクワクしながら見ています(もう何度も見ているらしい)。

早送りしながら見せて頂いたのですが、それでもやはり5枚は長く、途中から酷使され続けた胃がキリキリと痛み始めます。しかし、ここで顔をしかめてはなるまい。。。一生懸命笑顔を顔に貼り付け、映画並みの大作を鑑賞いたしました。

部屋に帰ってベットに倒れこみ、そのまま気絶するように眠ってしまいました。10時半くらいだったと思います。

●朝の5時半の訪問者
気がついたら朝。5時にはご家族は起きだしていて、外から物音がします。
そして5時半頃。ベットでうつらうつらしていると、ぎぎぎぃ…と部屋のドアが開き、お母さんが「えー!」と言いながら、部屋に入ってきました。

一瞬あわてる私。
5時半にベットから出ていないというのはいけなかったのだろうか?何故にノックもなく…?お笑い番組で起きぬけ突然訪問とかあったけど、それのネパール版?私がマズイ格好とかしていたらどうするんだろう?など、色々な想像が頭をよぎります。

お母さんは何かネパール語で話して、毛布を持ってきて、ベットで固まっている私に毛布をかけてくれました。どうやら、その夜は少し冷えたので毛布を用意していたのに、私の泊まる部屋にそれを入れ忘れていたことに朝気付きあわてて持ってきた、ということのようでした。しきりにごめんなさいね、と言われたけれど、毛布がなかったことよりも、5時半に部屋に現れ、なんの躊躇もなく毛布をかけられたということのほうにびっくりして、すっかり目が覚めました。

●チャー、卒業論文、ダル・バート
朝はもちろん、一杯のチャーから。皆さん、本当によくチャーを飲みます。何だか、この国の人たちの糖尿病罹患率が心配になってきました。(糖分が多いので)

その後、朝食前に勧められて友人の卒業論文などを読みます。彼は、アリス・ウォーカーの「カラー・パープル」というアメリカ黒人文学について書いていました。名作なのですが、虐待・性的虐待・黒人差別・女性差別などについて朝の6時から読むのって何なのだろう?と思わなくもなかったり…。

そして、ダル・バートを朝食に頂きます。
こちらでは3食ダル・バートです。

そして、朝の8時半。
お世話になったお家を出発し、訪問したかったNGOに向かったのでした。
そこでもまた書ききれないような歓迎を受けます。

その後また諸々あって、やっと一人になれた時(既に夜)には、どっと疲れが襲ってきました。人と人との距離がとても近く、常に誰かが身の回りにいて構ってくれる状態がずっと続きました。もちろん、愛情と好意をもって接してもらっているという実感もとてもあり、それは本当にありがたいことです。

それでもついつい、「愛が重い…」とつぶやいてしまった私でした。

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