“多国籍の学び舎”生活 

美しいアメリカの街で感じたこと、 学んだことを記録していきます。

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ロー・コンテクスト、ハイ・コンテクスト 

「ロー・コンテクスト(Low context),ハイ・コンテクスト(High context)」という言葉は多文化間でのやりとりをしていく上で非常によく聞く言葉です。SITの組織行動学の授業では、まずこの説明から入ります。

コンテクストは、「文脈・背景」などと訳されており、ロー・コンテクストとは文脈や背景や共通の価値観に頼る傾向が低く(ロー)明確な言葉によるコミュニケーションにより信頼を置くもの。ハイ・コンテクストは言葉だけでなくその他すべての要素をコミュニケーションの手がかりにし、文脈や共通の知識に頼る割合が高く(ハイ)なります。1970年代の半ばにエドワード・T・ホールというアメリカ人が言い出した言葉です。

余計な説明のいらない「あうんの呼吸」なんていうのは、ハイ・コンテクストの典型例。言わずとも分かっておろう、というのがハイ・コンテクストですが、違う文化からきた違う思想背景を持つ人にとっては、言わないとちっとも分かりません。「俺の言いたいことは背中でわかってくれ」と言うのがハイ・コンテクストで、「愛してるってはっきり言ってくれなきゃわからないじゃない!」と答えるのがロー・コンテクストです。

贈り物をする時に「つまらないものですが・・・」と言うのや、京都のお宅にお邪魔したときの「もうお帰りになるんですか、もうちょっといてくださいな、お茶漬けでもどうぞ」という言葉が実は「そろそろ帰ってね」という意味だったりするのは、ハイ・コンテクストな人たちの文化です。ロー・コンテクストなアメリカ人にこれをやると言葉通りいつまでもお呼ばれしたお家にいてお茶漬けを待つし、「つまらないものなのに、なんでくれるの?」と素直に不思議がります。

相手への信頼性や期待値が高い前提で話すのがハイ・コンテクストで、相手が言わなくても分かってくれるとはハナから考えずに話し手がその説明に責任を持つのがロー・コンテクストです。

1980年代の半ばに、コープランドとグリッグスという人がエイヤっと分けた国別ハイコンテクスト・ローコンテクスト傾向は以下のとおり。(全てがそうとは限りませんが、あくまで相対的な傾向として)

ロー・コンテクストな国々
ドイツ/アメリカ/英語圏のカナダ/オーストラリア/スカンジナビア半島の国々(フィンランド除く) 等

ハイ・コンテクストな国々
日本/韓国/中国/アラブ圏/フランス/フランス語圏のカナダ/フィンランド/ロシア/イタリア/ギリシャ 等

移民によって成り立っている国は「ハッキリ言わなきゃわかんないでしょ」というのが一般的。いろんな人がいる場所では、回りくどくなく、ストレートに言わないと分かってもらえません。言わなくてもこれくらいは常識でしょう、も通用しません。人種の坩堝ニューヨークでは、シンプルにバシッと言わないと、理解されません。ニューヨークのウェイターには「何か飲み物がありますと大変ありがたいのですが」といっても伝わらず、シンプルに「お水持ってきて!」と言えばすぐに対応してもらえます。反対に、違う文化圏でもてなされる時は「お水持ってきて!」だと学がなさそうな印象とか、礼節を知らないと思われるところもあります。

ドイツがローで、フランスがハイなのも面白い。ドイツ人は理路整然とものを語り、フランス人は感覚的に愛を語り、隣り合った二国はソリがあわない・・・というのは非常に想像しやすい図です。

また、同じキリスト教圏でもプロテスタントのほうがカトリックよりロー・コンテクストな傾向です。カトリック教会がもにょもにょっと得ていた既得権益を、「そこんとこはっきりしてよ、どうなの免罪符って。理論的におかしくない?」と明確な説明を求めたのがプロテスタント。聖書が最初にラテン語から訳されたのもドイツでありフランスではなかった、そういった歴史がドイツのロー・コンテクスト文化を形作っていったというのも頷ける気がします。

カナダでも英語圏とフランス語圏での違いがあるのも興味深いですな。白黒ハッキリわかりやすいハリウッド映画(英語)と、言葉に出来ない味わい深さのあるフランス映画(フランス語)の違いのようなものでしょうか。

ハイ・コンテクスト文化は、文脈の間に余韻を持たせることや、共感すること、伝統や長きにわたり蓄積された習慣を持つことが得意です。けれど、ロジカルで誤解を生まない言語表現は苦手です。これは、国際ビジネスをしたり、法廷で争うのには不利な条件です。

ロー・コンテクスト文化は、勝手な憶測をしません。あいまいな部分がなく、ディベート、論理的に筋道だてることや契約をすることが得意です。けれど、場合によってはハイ・コンテクストな人たちから「何で分かってくれないんだ」と思われ、「空気を読まない、情緒を理解しない奴」となることもあります。

ロー・コンテクストな英語はもともとロジカルな言語で、ハイ・コンテクストな日本語は叙情的で直感的です。日本語と英語で文章の書き方が全く違う理由も、このハイ&ローの視点からみると当たり前に感じられます。

相手がロー・コンテクストなのか、ハイ・コンテクストなのか、そしてその歴史的・文化的背景は何なのかを分析し知ることは、多様な文化間で交渉したりコミュニケーションしていく上で非常に役立つ視点になります。

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グローバル社会で求められるコミュニケーションとは-ある研修会社のサイトで面白いことを書いていました。要約すると『グローバル社会は経験・知識・価値観・人生観・倫理観、その他宗教や歴史などが全てが異なり、さらにお互いに偏見を持ち合っている現実もある、究極のローコンテクスト社会。その中で交わされるコミュニケーションは、極言すれば「通じない」ことを前提にするものである。そんな中では、ハイ・コンテクストなコミュニケーションは機能せず、本人はがんばっているつもりでも「コミュニケーションに熱心でなく、誠意や能力がない」と評価されてしまう可能性もある。』そんなわけで、ロー・コンテクストに慣れないハイ出身の日本の君たちをウチの研修でトレーニングしよう、という流れでハナシは進む。こういうネタで日本でビジネスをするのも面白いですな。ちなみによくみるとこの会社、私が見ていた新人がアポイントをとって、一緒に同行訪問したことがありました。最近、世の中って狭いと思うことがほんとによくあります。

*Comment

ハイ&ロウ 

なるほど!面白い。 異文化共生 多文化共生の時代 のコミュニケーションは相手がどこの文化圏なのかが大切なんですね。今色々な国の研修生に日常会話のボランティアをしているので役立てますね。ありがとう。 瀧

NoTitle 

あはは。思ってたんだけど、相対的に見るとお母さんは典型的なハイ・コンテクスト型で、ドイツ語を教えてたお父さんはロー・コンテクストよりですよね(笑)。二人の話を聞いていると、たまにそこの部分でやいのやいの言い合ってたりすることがあったと思います。
  • posted by Suzuka 
  • URL 
  • 2010.07/08 09:54分 
  • [Edit]

NoTitle 

へー!
フランスってハイの方なのね。移民が凄く多いイメージがあるから意外。

ロー・コンテクストの方がディベート強いよね。
で、
ロー・コンテクスト=西洋格闘技(ボクシングやレスリング、フェンシング)
ハイ・コンテクスト=東洋武術(拳法や相撲、剣道)
なんよね。

体重別に階級が決まってたり、フェンシングみたいに攻撃が当たったか当たってないかでハッキリと決める西洋格闘技と比べて、相撲とか柔道の無差別級だったり、剣道なんか「気」が入ってないとダメ!だし(笑)西洋人からするとサッパリ解んないみたいね。

実は偶然にもロー・ハイを色んなものに当てはめて、論文を書こうと思ってたりしてて。
  • posted by てつ 
  • URL 
  • 2010.07/09 08:24分 
  • [Edit]

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